「兵站」とは何か知っていますか?
「ロジスティクス」と言い換えたなら、聞いた方もいるのではないのでしょうか?
「ロジスティクス」はビジネス用語ですが、軍事用語である「兵站(Military Logistics)」から生まれました。
ビジネスでも注目されるほど、認知度は高いはず。
ですが、戦時中「兵站」は意外に疎かにされうまく機能しないこともありました。
結果、多大な被害を及ぼしてしまった話が多くあります。
本作品『星系出雲の兵站』を読み、「兵站」に興味をもっていただけたら幸いです。
『星系出雲の兵站』のあらすじ
『星系出雲の兵站』のあらすじについて紹介します。
人類の播種船により植民された五星系文明。辺境の壱岐星系で人類外の産物らしき無人衛星が発見された。非常事態に出雲星系を根拠地とするコンソーシアム艦隊は、参謀本部の水神魁吾、軍務局の火伏礼二両大佐の壱岐派遣を決定、内政介入を企図する。壱岐政府筆頭の執政官のタオ迫水はそれに対抗し、主権確保に奔走する。双方の政治的・軍事思惑が入り乱れるなか、衛星の正体が判明する――新ミリタリーSFシリーズ開幕。
出典:『星系出雲の兵站』裏表紙の内容説明より
どうやら人類外の産物とみなされた無人衛星が、事件の火種となっているようです。
『星系出雲の兵站』の注目すべき点
次の2点に注目しながら、本作品を紹介していきます。
- 兵站(準備)の重要性
- 不測の事態の対処
ミリタリーSF小説では、登場人物の心情や戦闘描写が多いですが、本作品では兵站に焦点が置かれています。
兵站(準備)の重要性
本作品で注目すべき一点目は、「兵站(準備)の重要性」です。
作品の序盤で宇宙を舞台にしたSFでありながら、軍内部では兵站が重要だと示唆されている部分があります。
もっとも兵站畑には兵站畑なりの有利な点もある。ロジスティクスの専門家として、民間企業では優遇されるからだ。
出典:『星系出雲の兵站1』林譲治 本文より
火伏礼二という人物が序盤で出てきますが、
このキャラクターは、出雲星系防衛軍軍務局第一部兵站監兼軍需部長を務める人物として描かれています。
「兵站が重要なのはわかったけど、そもそも兵站って何なの?」
冒頭でも少し述べましたが、「兵站」についてもう少し説明しておきます。
軍隊を維持し、作戦行動を行なうために必要な軍需品、補充の人員などを本国から運び、死傷者や損傷した武器などを本国に送り返すというような、戦場の後方での活動や組織、施設を総称して兵站といいます。
『シナリオのためのミリタリー事典 知っておきたい軍隊・兵器・お約束 110』坂本雅之著
つまり、戦闘に明け暮れる軍人の補助役・裏方役として活躍する存在なのです。
旧日本軍に割り当てられた職務に、輜重兵科と呼ばれる兵科がありました。
これが、兵站(ロジスティクス)を担っていたのです。
日本が敗戦した要素の一つとして、うまく機能しなかった兵站が取りあげられた過去があります。
ならば、今回の『星系出雲の兵站』では兵站をうまく機能しているように見えます。
また、原作者の林譲治先生は、ロジスティクスに関わる評論も出版しているのですが、
その中でこんなことも言及していました。
日本陸軍の優位は、基礎教育の普及を背景とした将兵の教育・訓練 水準の高さにあった。 しかし、根こそぎ動員でそれが実現不可能となった時、自動車一つ満足に運用できない事態に陥ったのである。
出典:『日本軍と軍用車両 戦争マネジメントの失敗』林譲治 本文より
旧日本軍は、兵站への利用に軍馬を用いただけでなく、軍用車両も用いていたようです。
ただ、うまく機能しなかったようですけど……。
ノモンハン事件、ミドウェー作戦、ガダルカナル島の戦い、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄海戦……。
第二次世界大戦中に起きた事件は、どれもこれも悲惨な結末が起きたのは、言うまでもありません。
私自身、そんな悲惨な事件が起きないのを願いながらページを一枚一枚めくっていました。
不測の事態の対処
戦争に限った話ではないですけど、予想していない状況に陥る場合もゼロではありません。
先人たちは規定を厳格化しすぎて、有事に即応できないことを避けるために、あえて規定を曖昧にし、緊急避難的に対応する余地を残したのである。
出典:『星系出雲の兵站1』林譲治 本文より
作品内でこの部分を読んだ際、ビジネス書として有名な『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』に記されていた文章をふと思い出しました。
旧日本軍が不測の事態にうまく対応できなかった旨の説明がなされていました。
日本軍のエリートには、概念の創造とその操作化ができた者はほとんどいなかった。
出典:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁二郎(1984)p202
ロジスティック・ システムの遅れも個々の作戦の勝敗を大きく左右した。 そもそも補給 というコンセプトが十分に確立されていたとはいいがたい。
出典:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁二郎(1984)p217
厳密に言うと、本書では兵站以外の問題点にも触れています。
とはいえ、不測の事態に対応できるような柔軟性があれば、もう少し状況が好転したはずです。
第二次世界大戦中の米軍は、「ロジスティクスの面では優秀だった」と言われています。
一方、旧日本軍は米軍よりも兵站の能力が下だったようです。
『星系出雲の兵站』で宇宙を舞台にしたとしても、生死を左右する「兵站」を疎かにしない。
個人的な感想ですが、読者にちょっとした注意をうながしているようにも見えました。
いずれにせよ『星系出雲の兵站』から兵站に対して興味を持っていただけましたら幸いです。
『星系出雲の兵站』のまとめ
ミリタリーSF小説では、戦闘描写に重きを置いている作品が多く見受けられます。
兵站に触れた本作品は例外だと言ってもいいでしょう。
準備を怠るのは命取りになるのだと肝に銘じておくのをこの作品から読み取ってもいいかもしれません。